2011/02/05(Sat)
庄内新川橋の標記です。新川右岸の袂に掲げられています。

内容は、「橋の上で釣りをすると他の人の邪魔になるので、処罰されることもある」といいます。

問題は、処罰された人があるのでしょうか?
また、どんな条例に基づいて、どんな処罰をされるのでしょうか?

庄内新川橋の気になる標記

ひょっとすると、表記だけで処罰者なし?

2011/01/31(Mon)
名古屋市港区南陽町大字七島(ななしま)新田珍寿野(?)・・・・

珍寿野って、何て読むのでしょうか?

早速、名古屋市の港区役所に電話しました。
職員もそんなところがあることは知らないようで、追って連絡するとのこと。

さすがに、読み仮名だけなので直ぐに連絡がありました。
「ちんじゅの」
聞いてみれば、極めて一般的な読み方でした。

いつ頃からこの地名が付いたかなど、詳しいことは分からずじまい。
現在の職員にはその経過や時期を知る人はいないようでした。

何せ珍寿野は日の出橋東から自動車では通れない堤防(防災緊急時)を、そのまま突っ切って国道1号線が通る
南陽大橋を潜り、更に国道23号線の庄内新川橋の下(下の写真)を通って数百m程の堤防の突端になります。

たまたま数年前から始まっている橋の改修事業で左奥には工事用車両が進入していました。
手前の青い多いのようなものが張られているところは工事箇所、赤丸で囲んだあたりが車両通過用のトンネルです。

庄内新川橋1

ここへはどこから進入するのかというと、どうやら日の出橋東をそのまま河口に進むしかなさそうです。

以前は現在のような門ではなく、簡易な進入禁止用の柵だったようですが、いまではちゃんとした門で
緊急車両用と記されています。ちょっと入りづらいのですが・・・・・

こんな所、殆ど誰も訪れない場所なのでは・・・と、思いながら、まずは調べてみます。

今日の満干潮を見てみます。

撮影時間は、15:40を過ぎたあたりで、大分満潮時間に近づいたころです。
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満潮
 5:07 193cm
16:05 188cm

干潮
10:33 106cm
22:08 18cm
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向こう側の庄内川と手前の新川の間に堤防とその周りには葦?でも生えているのでしょうか・・・・
(撮影は水門から)
新川と庄内川

従って、肝心な珍寿野は、
さらに下流へ足を運ぶ必要がありますが、現在では入ることが出来ないようです。 残念!!



2011/01/10(Mon)
かつて下之一色には漁協もあるほどでしたが・・・・その市場も下の写真からするとあまり活気があるようでもなく・・・
両郡橋下流左岸

プレジャーボートが市場の駐車場でしょうか?その付近に係留されています。

両郡橋下流左岸1

上の写真は、両郡橋の下流左岸の直ぐ袂の様子です。愛知県によって移転買収されたのでしょうか???
ただこのままの風景ではあまりに殺風景ではないでしょうか?

2011/01/08(Sat)
三日月橋との間の左岸堤外地に正色広場があります。(撮影 2010-12-21)

庄内川が東海豪雨水害で一気に堤防強化に乗り出したのと比べて、
新川を管理する愛知県の財政が厳しい昨今の状況や買収や保証等が手間取っている のでしょうか、
容易に進捗しない現況が伺われます。
正色広場-藤棚

つまり、このあたりも豪雨時などに備えて新川の流量断面を確保するために取り除く予定になっているといいます。
しかし、愛知県は近年のリーマンショックに端を発する、いわばトヨタショックによって何と5000億円規模で税収が
落ち込んだことによって、円滑に進めようにもとても十分な予算が確保できないというのが本音のようです。

正色広場-防災倉庫

ちなみに、民間に比べれば悠長なものですが・・・・・愛知県職員も過去2年は、4%、3%以上の給与削減とか・・。
上の写真の防災倉庫も堤外地にありますが、地震の際ならまだしも、水害の際には水につからないのでしょうか?

正色広場

ちなみに、上の写真は正色広場への入り口ですが、
豪雨時などには堤防は周辺の人達が門を閉めることになっているようです。

正色広場看板

いつになったら愛知県はここに広場を撤去できるのでしょうか?
それまでに豪雨がなければいいのですが・・・・

2010/10/30(Sat)
新川・五条川合流地点「湯吉郎」といえば、後に豊臣秀吉となる
木下藤吉郎にあやかって「藤吉郎」
→ お湯を連想する「湯吉郎」に命名

新川を挟んだその上流側に
清須市が管理運営するお墓もあります。

この突端が
新川と五条川の合流地点となります。

新川もここまで来ると川幅も広くなります。
左手にみえる箱型の建物は名古屋市のゴミ工場で、五条川の河川敷で旧甚目寺地内に建設されたものです。

随分と目立つ大きな建物ですね。
新川と五条川の合流地付近には近年まではあまり大きな建物もありませんでしたが、
ゴミ工場が出来たり、やがて新川左岸にもマンションが出来たりと周辺の様子も変わるつつあります。

ところで、新川は庄内川の氾濫を抑制する為に開削されたといいますが、
五条川はそれ以前からあったのでしょうね。

すると、この地点から下流も昔は五条川だったのでは…と、疑問がわいてきませんか?
それでも、今日では新川とされて藤前干潟へと注いでいます。