2011/02/19(Sat)
助七排水機場が昨年2010年新しく建設されたことを契機に、旧来の排水口には土嚢が積まれていました。

大治町八ツ家第一排水機場 

遠目にはなかなか見えませんが、写真中央にある遊歩道用の青い橋桁の下あたりをよく見ると
土嚢であることがおわかり頂けます。

このように新築したポンプ場によって機能が廃止される場合には、堤防自体を復帰させることは
効率的でないということなのでしょうね・・・・
2011/01/20(Thu)
下河原にはポンプ場もあるが、従来からの排水口も生きています。

下河原排水口

一般的にはあまり知られていないと思いますが、対岸の右岸から眺めてみると良く見えます。
上記のピンクの家の右奥に下河原県営住宅が見えますが、その手前側に下河原ポンプ場があります。

2011/01/19(Wed)
現在のアステラス製薬清須事業所からの排水口も見えます。

旧フジサワ薬品排水口

単に対岸から見ると、どこにあるの?というほど小さな排水口ですが、場所は下の写真に記していました。

旧フジサワ薬品排水口1

2011/01/18(Tue)
鐡道樋は、最新の助七ポンプ場の大先輩の排水機能を担った排水口です。
写真をクリックしてみてください。名称「鐡道樋」が石に刻まれています。

JRは以前は国鉄でしたから、それに因んで明治時代にでも作られたのでしょうか?

鐡道樋1

その更に下流には、旧の助七ポンプ場の排水口があります。

鐡道樋

こちらは下の写真のようにちゃんと流れだしていますので、自然流化の排水機能だけはそのまま利用されています。

鐡道樋2

上の写真の右下手に自転車が見えていますが、気になりますね。
そもそもどうして自転車が新川の中にあるの?

2011/01/17(Mon)
新川に架かる阿原橋の直ぐ下流右岸側に排水口があります。
管理されているようで、この扉を人力で引き上げるのでしょうか、橋の欄干に2筋のロープが渡されています。

阿原橋下流右岸の排水口

下の写真の白い欄干が写真中央部あたりでは一段高くなっていますが、ここが渡し(橋)の部分です。
その下に水が排水口が突き出しています。

阿原橋下流右岸の排水口1

その上に見える橋が阿原橋で、鳥などが休んだりしていますが、その数が多すぎて糞害などの影響もあります。



2011/01/07(Fri)
清須市内の新川右岸には散策もできるように遊歩道があります。 (撮影 2011-1-5-12:25頃)
その途中に何度か排水口を見かけます。

新川大橋右岸上流部、宝マンションの東に位置する排水口もその一つです。

新川大橋右岸上流部の排水口

ただし、臭いが気になりますが・・・・・
下は生活排水に洗剤でしょうか?泡がたっています。
お昼時の時間ですから、午前中ほどは洗濯する家庭も多くないとは思います。
或いは、昼食後の食器の片付けなどの洗剤から泡が出ているのでしょうか?

新川大橋右岸上流部の排水口1

ところで、大きなゴミが気になりますね。大きな袋のようなものが2個もはっきりと見えます。

新川大橋右岸上流部の排水口2

排水口は修繕などもなされているのか、まだそんなに老朽化した様子はありません。。。

2011/01/05(Wed)
新川大橋と今日の新川2011-1-5右の撮影は12:21です。

川面が下がっていて、
新川大橋の橋脚の形状がよく見えます。
今日の新川2011-1-5

上の写真は新川大橋を渡った右岸上流部、即ち右の写真の右側あたりにある排水口です。

ここに来るとさすがに臭いのですが、何やらゴミのようなものもあったり、泡のように見えますが洗濯水なのでしょうか、
右岸下流に泡が川面を漂っています。

今日の新川2011-1-5-1

上の写真は2枚の写真を合成してみました。撮影場所は新川大橋の下流側歩道中央あたりから下流方面を捉えました。

2011/01/03(Mon)
名古屋市中川区の排水機場です。 下流側には不法係留のボートが見えます。
撮影は2010-12-21の昼ごろです。

名古屋市排水機場

水門の下流のゴミも気になります。
下の写真は排水機場ですが、能力的にも大きなもののようです。

名古屋市排水機場1
2010/12/01(Wed)
名古屋市西区の排水口?平成12年9月12日未明の破堤した新川左岸の
ほど近くのこの水門、どんな使われ方をしている
かは、よくわかりません。

この写真を撮った日秋の頃には、まだ残暑もあった
のか、この近くで建築関係の仕事をされていた方の
服が汗で濡れたのか・・・・干されていました。

手前は歩道になっていますが、
東海豪雨時にはむき出しの排水路でしたが、
それを埋めて管を敷設したのでしょうか。

表面的には歩道として使用されているようです。

但し、地勢状、あまり利用者は多くありませんが・・・・

この近くには名古屋市の公園があり、
東海豪雨水害の碑があり、いつまでもその教訓を
生かそうとする意思が表れているようです。

2010/10/26(Tue)
助七閘写真真ん中やや右側の青い丸印を見ると
「助七閘」と見えます。

車の橋の欄干もコンクリート製の古めかしいもの。
更に、排水口も見えますが、「助七閘」の文字は
右から書かれていて相当古いようです。

場所は清須市役所北側、新川右岸を少しばかり
上流に来たところです。

写真左隅に白っぽい建物が少し見えていますが、
ここが「ふれあいセンター」でしょうか。。

川面はけしていい色とはいえませんね。

旧新川町は水難から守る為に、ポンプ場建設に力を注いできています。
しかしながら、この排水口は昔の農業用の取水口とかねているんだとか・・・・・

他の地域にも同様の樋門が見受けられますが、昔は自然の力を十分に認識していたというのがよくわかります。

今日でもなお、五条川に見ることが出来ますが、水田に水を引く時には川をせき止めて上流の水量を増やすと、
自然に川の水は用水路を通って水田には引き込まれます。

水田の水が必要なくなる頃には堰止めていた門を開放すると、一気に川の水位が下がります。
すると、樋門に向かって水田の水は流れ落ちていくという寸法です。

なかなか良く出来ていますね。

ところで、この助七閘はいつの間にやら生活排水の排水口としての機能しかに担わなくなっているようです。

都市化の進展で、用水と排水路の分離が求められてきましたが、なかなか予算が
十分に確保されないうちに水田も無くなってきたというのが清須市内のが実情です。